プロフィール

私自身のことを紹介させていただきます。

少しだけお付き合いいただけると幸いです。

【生い立ち】

私は、ラグビーをしていた父親の影響で、幼少期よりラグビーを見て育ちました。

ラグビーが大好きでしたが、当時は今のように女性がラグビーをできる環境はほとんどなかったので、小学校では吹奏楽部、中学校では陸上部に所属していました。

 

中学校3年生最後の大会の前日に、足首の靭帯を2本縫合し、

足首の中で転がっていた骨の欠片を取り出す手術を受けたので、

出場することも応援に行くこともできませんでした。

手術により、長距離が走れなくなった私は、

大好きなラグビーに関わりたいと考え、高校入学と同時にラグビー部に入部、

マネージャーとして選手を支える側にまわりました。

大学の4年間も、ラグビー部マネージャーとして選手のサポートをしてきました。

​当時はもちろん、一生懸命やっていたのですが、今振り返ると、テーピング、水の準備、メディカル、ビデオなどの仕事に必死で、メンタルサポートというところまで、全く想いが至ってなかったことに気付かされます。

就職して1年半後、23歳で結婚、25歳で長女を出産、27歳で長男を出産しました。

長女が3歳の時、父がラグビースクール立ち上げに携わり、

4歳から長女はラグビーを始めました。

2年後、4歳になった長男もラグビーを始めました。

それと同時に、私もスクールコーチとして、子どもたちのサポートを始めました。

幼児から中学生までを10年間見てきて、いいプレーが出来た時も、出来なかった時も、「心の在り方」が大きな影響を与えていることを何度も感じていました。

【長女から受けた影響】

私にとって幸運だったのは、娘の存在です。

先述した通り、4歳からラグビーを始めた彼女は、

小学校の時にはすでに、「日本代表になりたい」と夢を持ち、

つでもどこでも恥じることなく夢を語ってきました。

幼稚園の時の補助なし自転車の練習も、一輪車の練習も、

できるようになるまで、1人で地道に練習を続けました。

自分がやると決めたことに向かって、

明確な目標をもって地道な努力を重ねられる子でした。

実は私自身は、「そこそこ」で満足する人生を送ってきました。

陸上もそこそこ速い、ピアノもそこそこ弾ける、

英語もフランス語もそこそこ学んで、勉強全般もそこそこできる…

結局、全てにおいて「そこそこ」で、何も極めることが出来ませんでした。

地道な努力が大切だ、と頭でわかっているにもかかわらず、

「そこそこ」で満足して楽して生きてきた結果、

何にも胸を張れるものが残らなかったのです。

そんな私の娘が、大きな夢に向かって、小さな努力を続けています。

私が小さい時から彼女に伝えてきたことは

「本当に夢を叶えたいなら、自発的に毎日少しでもそのための努力をしなければならない」

「大好きなら、つらくても、無理だ、いやだ、と言わない」

「コーチ、家族、レフリー、仲間、グラウンド、道具に感謝すること」

これだけです。

 

もちろん子どもですから、常に全てが出来ているわけではありません。

その都度、丁寧にフォローしてきました。

私のように、何もやり切っていない大人にはなってほしくなかったのです。

彼女は、小さな積み重ねの重要性を、16年間、目の前で見せてくれています。

親バカだと思われるかもしれませんが、

1人の人間として私に大きな影響を与えてくれました。

 

【そして現在…】

私は32歳の時に、大学3年次編入し、

保育士と幼稚園教諭第1種免許を取得しました。

保育士として5年間、乳幼児と向き合って感じたことがありました。

1歳児も、6歳児も、小学生も、中学生も、高校生も、大人であっても

耳を傾けてくれる人の存在

自分を認めてくれる人の存在が大切であり、

心が健康であれば豊かに伸びていくということ…

また、ひとりひとりに合った対応が必要であるということ…

そしてこれは、アスリートにも同じことがいえるのではないか、と気付いたのです。

「心の在り方」を整えることが出来たらもっといいプレーが出来るのではないか、そうするともっと競技が楽しくなるのではないか…

そんなことを考えていた時に、師匠である鈴木颯人さんに出会いました。

心理学、脳科学、スポーツ科学に基づいた「望む結果へ導く」コーチングを学び、これこそ私がやりたかったことだ、と思いました。

1人でも多くのアスリートが、心の底から競技を楽しみ、「望む結果」を手に入れることが出来たら、日本のスポーツ界全体の強化にも貢献できると考えています。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。